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代父とチーズ

代父は乳製品が嫌いである。特にチーズはその最たるものである。だから、この家の冷蔵庫にはチーズが入っていないのが普通なのだが、小さなコンテを見つけた。

昼ご飯時に、メインディッシュを終わったところで、パンのカケラが残っているし、あのチーズをいただこうかしら、とお手伝いさんに言う。彼女もチーズを好きだから、早速出してくれる。
ボルドーの赤をグラスの注ぐ。

一応の礼儀で、代父にも、チーズはいかがですか?とお伺いを立てる。ジェスチャーでいらないという代父、少し夢見る目つき、これは昔を回想する印だ。
初めてチーズを食べたのは、と始まるこの話、何度聞いたことだろう。
1964年7月14日のことだった。つまりナショナルデー、日本でいうパリ祭の日である。
エコールポリテクニクの行進で、彼は首席として、先頭で旗をもって行進したのだ。

行進の先頭を切るエコールポリテクニク、そのまた先頭だから、名誉あることだ。
そのあと、2人だけがエリゼ宮のレセプションに招かれたのだとか。そこで、国防大臣からチーズを勧められて、いやとはいえず食べたのが唯一のチーズ体験なのだ。

この話の要点は、トップで行進したこと、エリゼ宮に招かれたこと、エリートの学校を出たこと、を聞き取ってやらねばならない。
ここで、お手伝いさんがちょっと反撃にでた。
ムッシュー、1922年生まれなら1964年だと42歳になりますよ。学生ではないはずですよ、と彼の勘違いを指摘する。かれも数学には強いから、おやっと思ったらしい。1964年じゃなくて、1946年でしょう、と助け舟を出す。

話はエコール。ポリテクニクに移る。いかに難しい学校だったかを得々とはなす。女性の学生の話になり、最初の女子学生が誰だったか、答えたのは彼だった。アン ショピネ、確か1974年、ジスカールデスタン大統領の時だった。ドゴールからポンピドゥ、ちょっと古めかしい大統領の後で、若いジスカール、そして初めての女子ポリテクニシャン、新鮮だった。私も若かった。

そんなところで、初めてのチーズの話は終わった。
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高齢者世帯のWi-Fi事情

今回の旅行には、アイフォンにアイパッド持参と、IT化されている。使い始めてまだ時間もたっていないし、不慣れな身、直前まで友人を先生に、個人レッスンをうけた。

ケチだから、日本から個人用のWi-Fiを購入するという方法もあると聞いたが、1日の使用料が1,000円くらいするというので、論外とする。
フランス在住の友人は、Wi-Fi事情を詳しくメイルしてくれた。
無料Wi-Fiの場所を、300カ所ほど、調べてくれた友もいる。

機内でせめてブログの原稿だけでも打ち込んでおこうと思ったりしたが、有料というので、すぐぬあきらめた。
さて、ヌイイの代父の家に着いて、40年間、変化の無い室内、まさかWi-Fiは無いと思い込んでいた。
パリしないへ出るより、ヌイイの市庁舎にでも行ってみるかと、お手伝いさんに言う。
あら、Wi-Fiならありますよ、と思いがけない返事が返ってくる。

テレビのそばに、Wi-Fiの機器があった。je suis sauveeとお手伝いさんを抱きしめたい気分だ。
アイパッド病に罹ったのか、つい、覗いてしまう。
1日、変化のない画面に、淋しい思いをしていた。急に忙しくなる。
アメリカの友人からのメイルに返事したり、日本の友人にもメイルできるよ、と言わなければならない。

It通の友人は、これで検索、予約、いろいろ自分でできるわね、と言うけれど、それは次のステップだ。
ラインで電話もまだ出来ないのだし。petit a petit、pas a pasである。
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