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Covid-19雑感(1)

家に閉じこもって、人と接することもなく、音がないのも寂しい、とテレビをつけている。
平日の報道番組の多いこと、ニュースというより、エンタテイメント的な報道もあるのだが、ほかにみるものもないので、結局はみている。

そんな中で通り一遍の報道されることに、どうして?という疑問もある。
疑問1:医療崩壊を招かないために、むやみやたらと検査しない。
 ちょっと熱がある、咳をする、こんな程度で病院にいくな、検査を求めるな、という。
 それでいて、日本人の特性かもしれないが、風邪程度で休めない、と職場へ行く人もいる。
 数日、そんなことを経て、やっぱり熱は高くなるばかり、体調が悪いと再度病院にいき、検査をしてもらうと、陽性だ、なんで自宅で静養していなかった!と責められている。
 病院の診断書も得られず、仕事を休めるひと、どのくらいいるのだろう。

疑問2:軽症のひと、あるいは、入院治療後、軽症になった人たちは退院している。
 これらの人たちは、体内からウィルスは消えたのだろうか。もし消えたのなら、軽症になった、というのではなく、治癒した、と表現されるべきではないのか。
 そのまま、自宅に戻り、普通の生活をして、もう人を感染させる危険はないのか?

疑問3:未知の病気であり、ワクチンがないのは当たり前ながら、治療はどうしているのか?これが有効、という治療方法は見つかったのか。軽症で自宅にいるように、といわれたときに、お薬は出してもらえるのか?何を出しているのか?市販薬で何か効果があるものはないのか?

疑問4:外国から帰国したり、来日した人たちの待機・隔離期間を全うできる施設の準備はされているのか。

幸い、隔離施設のようなところに住んでいるので、ウイルスと出会う機会は少ないけれど、ゼロではないし、その場合、医療機関も整っていないへき地での対応方法も疑問である。
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万年筆復活

昨日、同じ村にすむ友人が、外出自粛中ではあるが、訪ねてきてくれた。
4半世紀の年齢差があるこの友人、出身地も違うし、家族環境も異なる。なんせ現役世代だから、話は現場に直結している。いつも私の時代遅れを自覚させられる。

昨日は話がレトロな部分に及んだ。
彼女が私に、字がきれいだ、という。ペン習字などしていないし、きれい、という表現は褒めすぎだけれど、正確に読みやすく、は心掛けている。
彼女はその理由に、きっといい筆記具を使っているのでしょう、という。

万年筆は使っていますか?と言われて、万年筆ということばを久しぶりに聞いた。

万年筆はこの20年使ったことがない。万年筆と思ってペンケースにいれていたのは、ボールペンだった。これは筆跡が万年筆で書いたようにみえるので、ちょっと気の張る相手に書くときに使っている。

この友人、万年筆を使ったことがない、という。そして使ってみたいというのだ。

我が家にはなにかしらレトロなものがあるので、問いかけてきたのだが、そういえば、3年前に亡くなったつれあいの文房具がまだ残っていて、その中に万年筆があったことを思い出した。
亡くなったあと、数本あった万年筆を、前橋の文房具専門店へ持っていき、使えるものと使えないものを仕分けしてもらった記憶があった。

それかといって、使えると判断された万年筆を使うことなく、カートリッジだけは購入していたのだ。

パーカー、シェーファー、モンブラン、そんな外国の製品、日本であればパイロットなどか、高校入学か大学進学の時のお祝い品の定番だった。
あのときいただいた万年筆はもう失くしている。田舎のつましい家、外国ブランドであったはずはない。
そういえば、当時は万年筆、fountain penといって、インクはスポイトでいれていたっけ、カートリッジになって、そのあとボールペンがでてきて、手元から万年筆が消えていった。

この頃、字を実際に書く、という場面が少なくなって、その傾向は特に若い年代に顕著だ。
万年筆で書きたい、この言葉は実際に字を書く、という行動を奨励したい私としては、なによりのことだ。

一度、筆先を水につけて、よくごみを取り除いて、それからカートリッジをつけるのよ、と教えた。
今朝、使えました、とメールがあった。

願わくば、葉書でもいい、書いたもので書き心地のお知らせを得たいものだ。
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都会人の脱出

この週末は悪天候というので、金曜日午後、買い物にでかけた。
軽井沢のつるやである。
3時ごろであったが、駐車場は満車に近い。どうゆうこと?と驚いた。
まだ長野県に外出自粛が出たとは聞いていない。

いつもよりずっと白ナンバー、つまり普通自家用車、それも3ナンバーの高級車が多い。
品川、練馬、世田谷、多摩、なにか東京の郊外のショッピングセンターに来た感じだ。いつもの長野や群馬の軽自動車はあまり見当たらない。
中にはいってびっくり仰天、レジの向こう側にいる買い物客の80%がマスクをしている。

先週来た時には、まだのんびりでもないが、こんな様子ではなかった。
来たからには買い物をすませよう、と買い物かごを手にする。
賞品だなの景色がどうも違う。
棚が空になっているところが目につく。

カップラーメンみたいな即席もの、コメ、などの棚は空になっているか、残りすくな。そういえばスパゲティの残りが少ないから、とその棚を覗けば売れ口の細さのスパゲティはない。そしてそれにあわせて、パルメザンチーズの大きいサイズが欠品だ。

特別あせりの気持ちにはならないが、そうか、都会ではこんな状態になっているのか、と報道されたスーパーなどの場面が浮かんでくる。

買い物に来ているひとたちは、別荘族なのだろうか。これから外出自粛が解消されるまで、こちらにいるのだろうか。

ニューヨーカーたちも脱出していると、今朝の海外ニュースで言っていた。
例年なら夏の避暑地のはずが、もうシーズン並みの混み方です、と土地のスーパー店主が言っていた。
パリの親戚もそれぞれに別荘に避難しているらしい。

静かにコロナウィルスを避けていたところにも、都会の波が押し寄せた。ウィルス込でなければいいのだが。
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3月25日夜8時、「主の祈り」を唱えましょう

教会の方から電話があった。
明日(25日)夜8時、主の祈りを唱えてください、という内容だ。

伝言網での連絡、どこからのものか確かではないが、おそらくヴァチカンからのご指示ではないか、という。
日本時間で20時、フランスであれば時差が8時間でちょうど正午になる。ヴァチカンも同じだろうか。

主の祈り
天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を
今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。
わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。

NOTRE PERE
Notre Pere qui es aux cieux, que ton nom soit sanctifie,
que ton regne vienne, que ta volonte soit faite
sur la terre comme au ciel.
Donne-nous aujourd'hui notre pain de ce jour.
Pardonne-nous nos offenses, comme nous pardonnons aussi
a ceux qui nous ont offenses.
Et ne nous soumets pas a la tentation,
mais delivre-nous du Mal.

この指示がヴァチカンのフランシスコ教皇から来たものか、そうではないのか、確認はとっていないけれど、このお祈りを各自がその時間にいる場所で唱えましょう、というのを拡散して、何の害もない。

出口の見えないこの新型コロナウイルス、収束と終息を願い、ウイルスに罹患した人々の快癒を祈ることは望むところだ。
お祈りを共に。
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甘楽町を訪ねて

昨日はおそるおそる出かけた。行先は甘楽町である。
毎月受け取っている何かの月刊誌に、甘楽町周辺のガイドが載っていた。
実は一度行ったことがあるのだが、人にくっついていったので、ほとんど記憶がない。

今回は自主的にと言いたいが、今回も友人の車に乗せてもらって、下調べも友人、という殿様ドライブだ。

友人と私が住んでいるところは標高も高いので、庭には雪が残り、土は凍っているので、春まだき、春は名のみ、の状態だが、里は春たけなわになっている。桜も、河津さくらは盛りをすぎ、ちょこちょこと枝垂れが花をたらし、種類を知らない桜らしい花を咲かせた木々が民家の庭にある。

甘楽町、群馬に住んで、なんとはなく読めるようになったけれど、県外の人間には読みずらい名前のようだ。
前回訪れたときは、桜の終わりごろ、メイン道路は古い家並みと桜並木、小さな隧道、情緒あふれる雰囲気だった。今回は、桜のつぼみがまだ固いけれど、気の早い蕾はちょっと開いて様子見を、と咲き始めたものもある。

今、甘楽町で有名なのは、こんにゃくパークというところだ。こんにゃく工場を公開し、即売店が付属している。
本来なら、こんにゃくバイキングが無料で提供されるのだそうだ。今回はコロナの影響で、バイキングスタイルは危険というので、3品をセットしたものが提供される。
ラーメン、田楽2本、ゼリー、もちろんこんにゃくが頭につく。

ラーメンもどきというのか、色、形(縮み具合もそっくり)、ラーメンそのもの、口にいれるまではラーメンのつもりだが、かむとこんにゃく!
今回は残念ながら3種しか食べられなかったが、お店にはこんにゃく鴨そば、タピオカ、水分補給ゼリー、もちろんいろんな味のゼリーもある、葛切り、刺身こんにゃく、こんなにこんにゃくは製品化されているのか、驚きだ。
カロリーがないので、女性としてはうれしいが、なんせ重い。普通に買う糸こんにゃくなど水とともに包装されているのでお持ち重りする。

甘楽町の売りは、そのほかに小幡藩の城下町というのがある。といってもお城はない。メインは小幡藩邸だが、屋敷は残っていない。庭園だけである。楽山園と名付けられた名園がある。
甘楽町といっても、この名は、1959年に小幡町、福島町一部、それに新屋村が合併して甘楽町となった。地名としては小幡がメインだ。

織田信長の次男信雄(のぶかつ)が江戸時代になって小幡藩主となり8代152年、織田家の領地った。織田信長の子がたった2万石、とも思うが、別に大和国宇陀郡に3万石も領有していたというから、そちらにお城を持っていたのだろう。

水に恵まれた土地なので、庭には池があって、周囲は山、そう高くない山で圧迫感はない、のびやかなお庭だ。写真で送った友人の大半が、ゴルフ場?と返事をよこした。
「池泉回遊式の借景庭園で、「戦国武将庭園」から「大名庭園」へと移行する過渡期の庭園と位置づけされ、京都の桂離宮と同じ特色があります。」(パンフレットから)

楽山園という名前の由来は、「知者ハ水ヲ楽シミ、仁者ハ山ヲ楽シム」という論語の故事から名付けられたと言われているそうだ。
知者でもなく仁者でもないけれど、楽しんだ。
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Fukushima 50を見ました

昨日、友人から急な誘いで、長野県に出かけ、Fukushima 50を見ました。
テレビで宣伝もされているし、3月11日前後にNHKなででの特番で、フクシマ原発事故についてのドキュメンタリーも見ていた。

こんな鄙の土地に住んでいると、映画を映画館でみる、というのは東京に行く以外、私には考えられなかったのだが、土地の人たちは長野県へ出かけるなどで見ているようだ。
今は映画館もコンプレックスという形をとっていて、私が行った映画館も一つの建物に8つのシネマルームがある。

12時10分から始まる映画に、12時ぴったりに行くと、前回の上映は終わって、もうルームはあいている。だれもいなくて、我々二人だけ、席はより取り見取りだ。濃厚接触を避けるためにも、2席ほど離れて座る。
もしかしたら、我々二人だけの独占か?と思ったが、時間ぎりぎりにいくらかの人が入ってきた。

この映画、フクシマ原発の事故を扱った映画だ。実話に沿ったシナリオで作られたという。

苦しかった。画面が暗い。それは、地震、その後の津波、そして電源喪失、発電所でも電気が非常用だけしかない状態だから、それを復元した形での映画だ、照明がないのが当たり前だ。
非常時のなかで、これでもかこれでもか、と事故が頻発する。それを50名の現場事務所の人たちがいかに防ごうとするのかのドラマだ。

9年前をありありと思い出す。とはいいながら、当時は、公表される内容しかわからない、まさに現場にいる人が一番情報不足であったろう、と思う。当時の官房長だった枝野氏の記者会見で言う「危険はないとおもわれます」の空々しさ、虚しさ。

それは安倍首相の言ったunder controleの表現にも感じることだ。

福島県には行ったことがなく、震災後にも足を運ばなかった。
とてもいいところだったそうだ。

除染もすすみ、避難指定地区も一部を除いてずいぶん解除されているのだという。
9年もかかってだ。
しかし、この9年で本当に除染はできたのか。
放射能の値を減らしていくのに、万年の時間が必要だ。それを指で数えられる年数で除染できた、と言えるものなのか。

東日本大震災は、フクシマがなくても甚大な被害をもたらした。
しかし、そこにフクシマの災害がなければ、まだ回復可能だったのだと思う。
必至に復興に務めている人々に冷や水をかけてはいけない。そうは思う。

天の意志はどこにあるのだろう。
今度のコロナについても、これが人為なのか、天意なのか、わからないけれど、天意であれば、なにをお望みなのですか?と聞いてみたい。
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がらがらの軽井沢

よんどころない用事で東京行きの老夫人を軽井沢駅まで送っていった。
コロナウィルス騒動で、予定していた東京からのお迎えの車が、予期せぬ昨日の雪で、こないことになった。東京の車だかスタッドレスのタイヤをはいていないのだ。

こちらも雪道運転、久しぶりだからこわごわだったが、案ずるよりなのか、メインの道路は午後には雪解けがすすんでいた。午前中、きっと除雪車も動いたのだろう。

さあ、どのくらいの人が軽井沢の駅にいるのか、新幹線は混んでいないか、老婦人はいろいろご心配だ。

なんということだろう、道路はスカスカ、脇道からメイン道路への合流もすんなりだ。
駅の駐車スペースもがら空き、ちょっとこわいみたいですね、駐車違反かなにかでぜんぶ動かされたみたいなすき具合、と少しおっかなびっくりで止める。

駅とすぐそばのアウトレットをつなぐ通路にも人がいない。ベンチはあいている。いつもなら、ここの通路には人があふれ、ベンチは大勢の人が座っていて、空きスペースはないのだが。

自由席の空き状況も丸印ばかりだ。
こんなの初めて、と老婦人は言われる。

きっとアウトレットも人がいないだろう。ついでにお買い物、と思う状況ではない。
改札口でお別れして、そそくさと車に戻る。人込みがいやで田舎暮らしを始めたけれど、軽井沢の賑わいは時に都会暮らしの時代を思い出させるものだった。

コロナの影響、現実の姿をみた。
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フランスのコロナ騒動

パソコン苦手の私は、余計なメールはなるべく受け取りたくない、という気持ちがあって、特に企業からのメールは受け取らないようにしているのだが、例外の一つとして、パリのデパートがある。
セーヌ左岸にある唯一のデパート、Bon Macheだ。
時々、というよりしょっちゅうセールや催しもののお知らせがはいる。

日本のデパートでさえあまり行かず、買い物もしなくなった身には、パリのデパート情報など無用なのだが、せめて目の保養である。

今日のお知らせは異例な内容だった。
一部転載する。

Chere Cliente, cher client
Conformement a la decision des autorites, le Bon Marche Rive Gauche ferme ses portes.
Cettes mesures exceptionnelle debut des le dimanche 15 mars et jusqu'a mouvel ordre.
(親愛なるお客様、当局の指示により、ボン・マルシェ左岸は休店いたします。この例外的な措置は3月15日より、新しい指示があるまで続きます)
(中略)
Soyez certains que nous sommes plus que jamais solidaires dans cette situation exceptionnelle.
(私共はこの非常事態において、きわめて緊密に連帯しております。)
とあり、このデパートの一部でもある食料品店Grande Epicerie de Parisは15日も平常の時間帯で開店していることも報じている。

Grande Epicerie de Paris Rive Gauche (ほかの同資本店舗と共に)resterons ouvertes aux horaires habituels ce dimanche 15 et vous accueilleront avec un service adopte a la situation actuelle.
Nous mettons tout en oeuvre pour preserver la securite de tous.
(グランド・エピスリー・ド・パリ左岸は15日日曜日通常時間帯でオープンしており、現状に即した形での営業をいたします。お客様および店員の安全を守るためのすべての措置をとっております)

そして最後がぐっときた。
A bientot dans les allees de la Grande Epicerie de Paris.
Bien a vous.
(グランド・エピスリー・ド・パリの売り場でまたすぐお目にかかれますように。お元気で)

昨年末の交通スト中のパリも異常だったが、また別の異常なパリになっている。もちろん、日本もそうなのだが。
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もう一つ(我が家)のコロナ騒動

これはとても私的な騒動で、保健所も病院も関係ないことを先に断っておく。

以前、コロナの名称についてもからめてコロナウィルスについて書いたけれど、コロナという会社についての第二弾というところだろうか。
そしてまずはコロナという会社について誹謗するものではないことをお断りしておく。

昨日、法定点検のお知らせという往復はがきが2通届いた。
差出人は株式会社コロナ、宛名は1通は3年前に死んだつれあい、もう一通は私宛である。
内容は、我が家で使用している「石油給湯機」について、使用期間が設計標準使用期間10年に近づいているので、法定点検が必要だ、ということだ。

おやっと思った。
まず、簡単にいえばボイラー、あるいは温水器だろうが、昨年、設置場所を変えるときに、機器も新しくした。従って、10年の使用期間になる、というのはおかしい。
次に、製品名をみると、つれあいのはがきと私あてのはがきが同一である。

製品名をみるまでは、つれあい宛てが旧ボイラーで、私宛が新ボイラーだと思ったのだが、私のものであれば、10年はたっていないし、しかし同じボイラーでつれあいと私、2通もくるのはおかしい。

当然のことながら、つれあいと私のお客様登録NOは異なっている。

この法定点検は有償で、こちらの負担だ。点検料金は、点検技術料、出張料、諸経費等の合計からなり、概算8800円、+消費税 とある。

わけがわからなくなった。昨年付け替えたボイラー、もしかしたら10年前の在庫品でもつけられたか?と疑ったりする。それにしてもちゃんとした新品だったけど。

コロナに電話することも考えたが、まずは地元の燃料関係はすべて面倒をみてもらっている会社に行く。ボイラーをとりつけてもらったところだ。だいたい、すべてお任せのお店である。

結論:ダブルの登録であった。つれあいは10年前、ボイラー設置後、受け取った取り扱い説明書に則って、パソコンで登録したらしい。そしてお店は、私の名前で別途登録している。
コロナは、住所記載が異なっていたので、そのまま2件の顧客としたようだ。
そして、お店は、去年の新しいボイラー設置時に、10年前の分を登録抹消しなかったのだ。

こういう手続きのゆるさは田舎ではありがちだけれど、新しいものの登録をきちんとされているのやら、なんだか心もとない。

友人は先のコロナについて書いた折、会社のコロナは優良企業ですよ、とフォローしたのだが、コロナ、コロナと連日耳にするところに、はがきのコロナで、ちょっと神経質になっただけである。
騒動でもなんでもない、と言われそうだ。
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献血できませんでした

今日は2か月に1回の、持病薬を処方していただくために山から下りた。
生来、健康というのか、図太くできているというのか、今でいう「かかりつけ医」となるのだろうか、このお医者様が定期的に通う唯一人の医者である。
かかりつけというほどの懇意さはない。2か月に1回、ほんの1,2分の問診で終わるのだが、前回、採血をしたので、その結果を説明してくださる。

数値がよかった。問題はありません、との診断。
日々、規則正しい生活、酒もたばこもたしなむことなく、夜更かしもしない、食事は手作り、体重がちょっと増え気味だが、正常値内。きちんとした生活の評価が数字でも出た。

ガッツポーズをすると、医師が笑う。
その笑いにちょっと脇道にそれた。献血してもいいですか?と問うたのだ。

若いころは定期的に献血していた。日本赤十字社から表彰されたこともある。
しかし、狂牛病が流行していたころ、欧州に滞在していたことがあって、それ以来、献血はできなくなっていた。

このところの血液不足に、心痛み、老齢ながら一滴でもお役にたてれば、という気持ちのあらわれだ。
「おいくつでしたっけ?」とカルテを確認される。うーん、できるものかな?

結論はできなかった。女性は69歳が限度なのだ。
「いやー、残念ですね。これくらい血液の数値がよければ、十分いけますけどね」
「血液の濃度も量も69歳以下とお認めいただければ。。。」
「それはやっぱり無理ですよ」

というやりとりで、結局はあきらめた。社会貢献はなかなか難しい。
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