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私は生き残った(6)1ドル360円時代

昨日、母を通じて100万円借りて海外旅行をした、と書いたけれど、この100万円、今ならどのくらいの価値があるのだろう。100万円の価値だ。

つまり、100万円が外貨としていくらになるか、ドル換算いくらか?が問題だ。
当時は、1ドル360円と決まっていた時代、そして、一人一回、1000ドルしか購入できなかった時代だ。

とはいえ、つい何年か前には、1ドル100円を切るかどうか、などが話題になっていたのに、昨日の終値で154,40円なんて、なんてこった!
政府はこんな円の安値を、輸出には益とばかり、laisser faireである。

もちろん、この借りた100万円のほか、自分で倹約に倹約を重ねて貯めたお金もあったけれど、2,30万だったと思う。

1000ドルに交換しても、それを全部自由に使えるわけではない。
往復の旅費の一部をドル供出という形で払うことになっている。
私の場合、往は、JTBのシベリア経由という方法をとった。
これは横浜から船でソ連(当時)のナホトカにわたり、その後シベリア鉄道で2日、なんという町だったか、そこから飛行機に乗り換え、モスクワに。モスクワで2泊ほど、そして、そこからウィーンに飛び、その後は各自の目的地に行く、というプログラムだった。
これがヨーロッパ行の最もかどうかはわからないが、安いコースで、時間に余裕のある若者に人気だった。
この旅費の一部はドル払い、結局、私がドルのトラベラーズチェックにしたのは800ドルだったような記憶がある。

帰路は、ちょっと頭を使ったが、アリタリア航空のチケットを入手、not endorsableといういわゆる売ることはできない、というチケットだ。しかし、アリタリアである限り、出発地からいろんなところで乗り降りできる、という、私にはそれで充分というチケットだった。これは日本円だけですんだような記憶がある。

トラベラーズチェックにしても、日本の銀行のものでは信用がない、換金できないかも、という話があって、当然American Expressアメックスである。アメックスなんて表現は当時使うほど、慣れてはいなかったので、常にアメリカン・イクスプレスと発音していた。
100ドルの分は2,3枚、あとは50ドル、20ドル、10ドルのものもあったのかもしれない。
このアメリカン・イクスプレスのチェックが、命の次に大切なもの、とベルトというより、腹巻に仕込んで、外から見えないように、ウエストが膨らんでみえないように、いろいろ苦労したものだ。

通貨の価値は、その国の評価そのものだ。
それに、のちのち、日本円で旅行ができたり、日本のクレジットカードで決済できる現実を経験すると、日本もえらくなったものだ、と痛感したものだが、現在の150円台をみながら、そのうち、日本円では受け付けられませんという、そんなこともあり得るかも、という思いすらする。

この頃、ドルで旅行することがなくなった。
ほとんどがヨーロッパなので、ユーロで決済する。
すこしだけ、ドルが安いときに、アジアを旅行するために手当したものがあるが、現金を長く持っているというのも、旅行の場合、いささか問題発生である。
つまり、今年、日本では7月にお札が変わるけれど、それが外国に浸透するまで、旧札が通用するのか、新札が受け入れられるのか、はっきりしないことがある。
もう20年以上前にいたアフリカで入手していたドル札を、数年前、アジアの国で使おうとしたら、現地の偽札判定機に引っかかってしまった。ドルが変わっていたとは、知らなかったのだ。
銀行ならともかく、現地のホテルやお土産屋さんで、これは偽札ではない、と証明することは難しい。

もちろん、50年以上も前のこと、物価もまったく違うけれど、1ドル360円もしてたのに、3000ドルくらいで、半年うろうろできた、そんな時代がなつかしい。
若者よ、旅に出よ、だが、この頃の若者は、パック旅行で、いいホテルに泊まったり、レストラン探訪をしたり、とても贅沢だ。
今、昭和カムバックというのか、昭和がブームというけれど、昭和のドル札、もしかしたら、貴重品として、1ドル札が500円くらいになるのかも。


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