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Robert Badinter氏、死去

わが携帯にあわただしくニュースが更新される。
ほとんどは無視するのだが、今日は何か、気になった。

J'ai tenu bonという言葉がでてくる。
それはRobert Badinterの言葉だった。
なつかしい、というより、なにか昔、そんな名前の人、知ってたような、だったが、気になって、ニュースを読んだ。
フランスで1981年、死刑を廃止した時の法務大臣だった。

ミッテラン氏が大統領にえらばれ、彼の公約が次々に実行に移されていったが、その一つが死刑廃止であった。
そしてそれを担当した法務大臣が彼だったのだ。
彼の発言がある。
”Il n’y aura plus, pour notre honte commune, d'executions furtives, a l'aube, sous le dais noir, dans les prisons francaises.
Demain, les pages sanglantes de notre justice seront tournees."
それは、1981年9月7日のこと、363人が賛成し、反対は117人だった。

死刑廃止は、時の流れでもあった。最後に死刑が執行されたのは、1977年9月10日、ギロチンでの執行であった。

それから、現在にいたるまで、フランスでテロ事件もあったし、少年少女への誘拐殺人もあったけれど、有罪の最高は終身刑、死刑はない。

先日、日本では死刑の判決があった。京都アニメーションの殺人事件である。30名を超す人が無残にも焼死した。
裁判のとき、裁判長が有罪を認めるが、刑については最後に、というところで、死刑であろうことは推察できたし、その通りだった。
しかし、結局、弁護団は上告したので、すぐの死刑執行にはいたらない。

この判決を聞いたとき、よく1人殺しても死刑にはならないが、2人以上は死刑、といった表現を聞く中で、30名以上の人たちが焼死させられたことを考えれば、死刑以外にあり得ない、と思ってしまう。
日本では極刑=死刑であることに慣れているし、死刑判決にアレルギー反応はあまり示さない。

世界でいくつの国が死刑制度を残しているのだろう。
先進国といわれる国では日本だけなのだと思う。

1981年、ずいぶん死刑というものについてその是非を考えたものだったが、いつしか、忘れてしまっていた。
このバダンテール氏、honte(恥)という言葉を使っている。死刑制度は恥なのだ。

日本では2024年の今も死刑制度は存在している。
私はわからない。死刑や自殺、自死といったことにいささか無神経になりすぎている。
ミッテラン政権が誕生したときのあの興奮、もう一度、思い出そう。
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