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6歳児と百人一首

この3連休に、6歳児が遊びに来た。
昨夏までこの地に住んでいたが、首都圏に引っ越して、幼稚園も変わり、今や一年生だ。

久しぶりに会うその子は、身長も伸び、すこし大人びている。都会の学校がそうさせるのだろうか。
1日目、百人一首のかるたで坊主めくりをする。この子が一番好む遊びだ。これは容赦がない。
100枚を引いている最初にお姫様がでて、手持ちの枚数を増やしても、最後にどんでん返しで、最貧の身に陥ることもある。
3人で遊んだが、彼女は3回とも最下位だった。シャッフルの方法を変えても、回す順番を変えても、結局、最後のころに坊主をひいて、全財産を放出、ということになる。
我々(残りの二人)にとって、たかが遊び、勝っても負けてもなんでもないが、彼女にとっては重要なのだろう。その悔しさを抑えるのが大変そうだ。

そしてその翌日、坊主めくりはしなくていいという。
そして、100枚の札をとりあう正規の百人一首をしたい、というのだ。
去年、幼稚園児のときに1,2度したことはある。どうにかひらがなを読めるようになって、ひらがなだけの下の句をとるというのが珍しかったようだ。
100枚全部を取り終わることはなかった。それほどに時間がかかって、遊びの時間では足りなかったのだ。

やりたい、というならやりましょう。挑戦は受ける。
100枚をテーブル一杯に並べる。方向など適当にする彼女に、半分ずつだから、自分の分は自分がみやすいように並べなさいと忠告。
彼女が不在となってから、百人一首を出すのは初めてだ。もう脳のなかに残っていない。
自分の分を並べながら、上の句を思い出そうとするが、出てこない。

最初は6歳児が読む。漢字にはルビがふってあるから読めるのだ。
五七五七七の区切りではない。リズムがとれないので、なかなか下の句まで思い出せない。
七七の最初の言葉を探すのよ、と教える。
そこで気が付いた。自分の姓や名前の最初の文字にたいしては、大きな執念を持っている。これらの札をとってはいけない。
「こゑきくときぞあきはかなしき」など古い字体があると、そのままには読めない。
彼女のハンディキャップを考慮しつつ、適当にとり、とらせていくのはなかなかに苦労だ。

しかし、6歳児にとって、この百人一首、何が面白いのだろう。
絵札を読んで、字だけの札をとる。ほかのカードとはまったく逆である。
歌の意味など、なにもわかっていない。
50枚をきると、スピードもあがったけれど、終了までの時間は相当かかった。

結果は彼女の勝だ。10枚をきったところで、もう全部自分のほうにひきよせ、下の句のさいしょのひらがなを教えると、私の手が伸びてくるのを妨害する。
結局は彼女が60枚の大勝だった。

これも一つのひらがな習得法なのだろうか。もう少し、歌の意味を教えながら遊びたいものだけれど、まだそれは早いようだ。
「わかみよにふるなかめせしまに」、「むかしはものをおもわさりけり」、あと20年もたてば、少しはこれらの歌の心もわかるのだろうか。
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