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浅草今昔物語

生まれも育ちも東京人ではない私にとって、浅草は全然馴染みがない。銀座線だって、せいぜい日本橋まで、上野までいくことすらない。(上野だとJRを使ってしまう)

それでも、外国人を都内で案内するとすれば、浅草はマストの場所になる。
先日のフランスからの甥夫婦を案内することになった。
銀座のホテルからタクシーで、意外と近い。この距離感も私にはめずらしい。

この数年間、外国からの観光客の増加を取り上げるとき、必ずと言っていいほど、浅草は取り上げられていたけれど、こんなに多いとは!日本ではないみたいだ。
そして外国人の70%くらいは着物姿である。

これはいささか、奇妙な風景でもある。以前なら、服装で日本人か外国人かの区別がついたけれど、今や、着物姿=外国人という図式すらできそうだ。

甥の妻が歩くのに不自由なので、何小路というのか、お土産屋さんが立ち並んだ通りを避けて、1本はずれた通りを歩くと、着物レンタルの案内もある。2時間4500円くらいであったろうか。
きっと正絹ではないのだろうが、そんなに粗末な生地ではなさそうな着物を着ている。
サイズも、外国人のサイズも用意しているのか、つるつるてんの男性もいなさそうだ。

着付けもきちんとされているから、外国人だからといって、着物姿が似合わないこともない。

外国旅行をしたとき、その土地の民族衣装を着るのは、とても楽しかった。そのほとんどは家庭にお邪魔した折、家族の衣装を貸していただく、というやり方で、この浅草方式のような、有料のシステムではなかったけれど、いい思い出になったものだ。
着物はやっぱり独特だし、女性や子供のみならず、男性もとても楽しんでいるみたいだ。

甥夫婦にもすすめてみるが、彼らは時間もないし、別にその気持ちもない、という。甥の妻は、我々が初めて会った機会でもある、パリの父の養女の結婚式の際、母と私が着もので列席したのだが、その時の着物姿が印象的だった、と話す。

結局、5時ぎりぎりに浅草寺を参拝して浅草見物は終わったのだが、境内ではお相撲さんも見かけ、日本のムードはあったけれど、そのお相撲さんも外国人であった。

ここは日本か外国か、頭が混乱した。

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