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フランスでレシートがでてこない訳

6月から7月にかけて、フランス滞在したとき、従来と違う!と思ったことがいくつもあったけれど、その一つにレシートがもらえない、ということもあった。

先方の出し忘れか、こちらのもらい忘れか、なんだかわからないまま、もしかしたら、カード払いではなく、現金で払っていたから、レシートがでないのかもしれない、と思ったりしていた。

今朝のフランス2のニュースを見て、納得した。
8月1日からペーパーレスになるのだそうだ。完全になのかどうか、もうフランスにいないからわからないが、レジでのレシートは発行されず、必要な場合かどうかわからないが、メールで送信されるのだという。

6-7月は試用期間だったのかもしれない。
現金でのやりとりが不確かで、あとで出納長をつけながら、金額を確認したいのに、レシートがみつからない、ハンドバッグの中をひっくり返しても出てこない。
特に南仏のSt Paul de Venceという観光地はひどかった。
絵葉書や、Tシャツなど、の買い物で、金額がおおきなものではない。しかし、買ったときはともかく、あとでいくらだったのか、思い出さない。レシートは?と探してもでてこないのだ。

ひがみ根性のある私は、ツーリストとして軽んじられた、税金をごまかそうとしている、などと悪意の判断を下したのだが、もしかしたら、このレシート省略のトライアルであったのかもしれない。

SDGsの一環なのか、うまくレシートが出なかったのは観光地ばかりでなく、パリでも経験したのだ。

SNCF(フランス国鉄)の切符も大きな変化の一つであった。
パリから南仏に行くときのチケットを駅で購入したが、今時、チケットを求める行為がレトロなのだ。
ほとんどの人が、携帯で予約、それを自分で印刷するか、あるいは携帯にはいったデータを示せばいいようになっている。
超レトロ人間の私は、チケットがなければ安心しない。
そして出たのは、ピラピラの、スーパーなどのレシート用紙に印刷されたものだった。
これは料金のレシートでしょう?チケットは出ないの?と係員に問うと、これがチケットだという。
トップの部分に、マークシートが出てくる。それがリフェランスになるのだ。
昔ながらのスタイルでチケットが発行されたのは、カンヌ―マルセイユのローカル線の分だけであった。

そうしてみると、飛行機だってそうだ。今や、搭乗のための規約などまで印刷された冊子の形でチケットが届くことはない。
どこにチケット購入の証拠があるの?と言いたいけれど、何もなくても搭乗受付はできる。

このペーパーレスの実行で、フランスでは年間150000トンの紙が節約できるのだそうだ。

毎朝、コンビニに新聞を買いに行くが、毎回、几帳面に180円のためのレシートが発行される。
もったいないとは思うけれど、ちゃんと払いましたよ、という安心感はもたらされる。

帰国して、旅行の収支決算をするのに、レシートなしの部分は本当に困った。

そういえば、クレジットカードの収支も、紙ならば料金が必要になるらしい。
レトロな人間にとって、生きづらい。
しかし、まだ日本は法律でペーパーレスを決めてはいない。レトロ人間救済なのか、国自体がレトロなのか。答えは後者なのだろう。
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フランス、シャトーめぐり:シュノンソー城

シュノンソー城を訪れた。
なんと、フォトジェニックなお城だろう。
シェール川をまたぐ形で、整った形のお城である。

お城は住居であると同時に防御の砦ともなる役割を負っていたが、この城は、住居として、その美しさでもって、人々の敬意をうけるものとなっている。
とても女性にふさわしいお城、という印象をもつが、まさしく「貴婦人たちの城」と呼ばれている。

その姿の美しさから、観光客の数も1,2を争うものらしく、いくつもの言語の見学用ガイドが準備されている。
入館料を支払うところでは、何語がいいですか?と問われる。日本語も準備されているのだ。

そのガイドによると、貴婦人たちの城として、7人の女性の名があげられている。
カトリーヌ・ブリソネ、ディアーヌ・ド・ポワティエ、カトリーヌ・ド・メディシス、ルイーズ・ド・ロレーヌ、ルイーズ・デュパン、マルグリット・ペルーズ、シモーヌ・ムニエの7人である。

シャンボール城のように、外観はもっと見事だけれど、中身が空っぽ(50年前の印象)とは違い、このお城は、なかなか見ごたえもある。
そして、庭園からの生の花で、各部屋に植物があしらわれている。これもこのお城見物の見どころらしい。

見物しながら思うこと、このお城の居住環境はどうなんだろう。
川の上にあって、夏はともかく、冬は湿気が強烈な寒さとならないであろうか?
それに常に湿気がある、ということは、カビも生じるだろうし、と思う。
一度、泊まってみたいものだ、お城の女城主気分はどうなんだろう、召使、いまならスタッフといわなければならないだろうが、お城の端から端で、呼ぶのにも大声が必要だろうか?

何か特殊な機会に、このお城は利用されることがあるのだろうか?と思ったら、パリの従妹が、一度、晩さん会があった、という。
どういう機会であったかは忘れたが、中世の服装をして、ギャラリーでの大晩さん会があり、それに出席したことがあるのだそうだ。
この従妹夫妻は、歴史建造物の保存関係の活動もしているので、やたら、そういう機会に恵まれるようで、ヴェルサイユ宮殿の晩さん会、なんとか城の晩さん会、と希少な体験をしている。

ところで、このお城の特殊性は、第一次大戦、第二次大戦において、レジスタンスあるいは、病院として、フランスサイドの基地になったことでも知られている。

フランスも、第二次大戦中、ドイツの空軍により、破壊された施設は多いけれど、こういうお城が残って、観光資産として使えていいな、とうらやましくもなる。

城内をみるだけでくたびれた友人と私、昼はお城についたキャフェテラスでとることにする。
セルフサービスで好きなものだけをとり、コーヒーは食後に受け取る。
これが召使にサービスされてであれば、どんなに堅苦しいことだろう。

この日はすこし雨模様、お城付属の庭園は次回ということになった。
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