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働けど、働けど、楽にならざる

若いころは、安い給料で働いていたので、生活は楽ではなかった。ただ、そんなに酷な労働条件ではなかった、どちらかといえば、デスクワークだったので肉体的には楽だった。
それでも、いっちょ前に、労働条件に文句をつけ、正社員との格差、日給月給がゆえの5月や1月の給料の安さなど、文句たらたらの仕事ぶりだった。

それに比べれば、今は働かざるのに、座して年金を受け取れる年齢になった。楽ではない。しかし、働ないのに食べられるという事実には感謝そのものだ。

そして、若いころ、自助努力とか、自己責任において、などと、自分の実力もしらず、フリーで働くことが理想だった。
そんな意識で働き始めた外国機関も、ずいぶんあとになってだったが、日本の社会保障制度、つまり厚生年金、健康保険、失業保険などに加入してくれ、特に厚生年金は、ありがたかった。
期間が短かったので、生活全体をカバーできる金額はもらえない。国民年金分とあわせても、今回、夫婦2人の平均受給額という金額の3分の1よりちょっと多い程度である。

退職後の生活を全額カバーできる年金を得られる人は、ごく限られている。特殊な政府機関、たとえば日本銀行などは年金が相当いいらしい。

しかし、テレビのインタヴューなどみていると、年金では生活できませんよ、とことさらいう人もいる。年金で生活全体をカヴァーしようというのは、そんな特殊な年金を受けられる人に限られている。

足りない分をどうカバーするか、そこが知恵の使いどころだが、若いころはどうにかなるさ、というのんきさと、給料自体が少なくて、とても貯蓄に回すゆとりがない。
給料があがったら、上がった分をそのまま貯蓄に、と家計の評論家などはおっしゃるけれど、もともとぎりぎりの生活をしているのに、貯蓄だなんて、とギリギリをきりきりくらの生活にしてしまう。

生活は、緩め始めればきりがない。特に我々はバブルの時代を経験している。どこからあんなにお金が湧いていたのか、給料は安いままだったが、まわりが派手になって、毎日レストランで外食、2次会、そしてタクシー帰宅。

バブルは意識に染みついたのかもしれない。年金生活者になっても、なぜか生活が緩んでいる。
東京へ行くのも、一番安い方法ならバスというのがあるが、新幹線を利用する。
東京で、さすがにタクシーは使わないけれど、1駅くらいは歩いていたのに、地下鉄を使う。
脳の活性化と称して、外国旅行に出かける。今ではエコノミークラスだが、一時期はプレミアムエコノミーを使っていた。

だんだんに生活を締める方法を体得してきているものの、どう考えても、2000万円で35年の生活不足分の補てんはできない。慶弔、病気、自然災害、自宅であれば補修、いろんな特別出費がある。保険で賄おうと思っても、保険は必要なものに必ずカバーしてくれる、と期待してはならない。
とうとう、病気のための保険は解約した。月額1万ほど払っていても、保険がでるほどの病気はいまのところしないからだ。将来はわからないが。将来のうん万円より、今の月1万円がもったいない。

5月6月で、合計300万ほどの出費があることになった。これをもし2000万円じゅんびしておいたなかからだせば、90歳までは生きていけない。資産寿命はあっさり85歳に落ちてしまった。

まあ、くよくよしてもどうしようもない。働かなくて生きていける現在を享受していけばいい。

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