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「動くとき、動くもの」と地震

何という偶然だろう。
元日に能登半島地震がおきて、ちょうど1週間、毎日が気分落ち着かず、何もできない状態だった。
読みかけの本を読み上げねば、ととりあげたのが、青木奈緒著「動くとき、動くもの」だった。
著者は、幸田文の孫、祖母幸田文の「崩れ」という著作の後追いをしながら書いたのが、「動くとき、動くもの」であった。

砂防という事業でカバーされる今、祖母が注目し、訪れた日本の崩壊地を、孫娘が再訪する、という内容で、扱われた場所は、桜島の竜ヶ水、六甲・田上山、立山カルデラ、小谷村・牛伏川、有珠山、日光・芦尾、雲仙普賢岳・長崎市、大谷崩れ・安倍川、富士山などの崩壊の場所、それはすべて祖母が訪ねた場所だが、そこを訪問しての記録である。
その中に能登半島はない。
しかし、能登地震の被害の土地をテレビなどの映像でみていて、この本を読み上げねばと思ったのだ。

最後の部分にある文章がとても沁みたからだ。
分量が紹介としては多いかもしれない。どこまで許されるのかわからないのだが、あの能登の崩壊した状態をみるにつけ、それを否定も肯定もなく、この文章を読んでいただきたいからだ。

「日本は豊かな自然に恵まれている一方で、自然による災害も起こりやすい。日本の対部分を山地が占め、その中には活火山も多い。地層が複雑に入りくみ、大きな断層がなん本も走っている。地震も起きる。雨も多いし、流れる川も急峻である。災害が起きて不思議はない。
 そのとき、相手は自然である。いつどこにどんな豪雨が降り、地震が起きるか、徐々に予測のつく時代にはなっているが、雨も地震も未曽有の規模で起こってはいけないとは言えない。計算してしつくせるものではなく、人が頼れる「絶対」がない。
あたりまえのことながら、そのことをつい忘れて過去の統計で未来も予測できると思ってしまう。
 未曾有の大災害が起こり得ることも頭の隅に留めながら、その一方で対策は進めれば進めたなりに効果はあるだろう。災害は少なければ少ないほどいい。ほんの些細なことながら、たとえば真夜中に地震が起きたとき、枕もとに靴下一足あっただけで大きな違いがでると聞いたことがある。確かなことだと思う。
 しかしいくら備えあれば憂いなしといったところで、日本中が災害からまもられるほどに建造物で備えようとしても、それは不可能である。国が指摘している土砂災害危険箇所は全国で約十八万カ所にも及ぶとか。それらすべてで必ず災害が起きると決まったわけではないけれど、現在、整備のすんでいるところはそのうちの20パーセント台に留まっている。このまま安全のためすべてに対策工事を行うとなれば、おそらしい時間と費用がかかってしまう。その間にも市街地は拡大して新たな危険箇所が増える。決して追いつくことのない「いたちごっこ」であり、財政難の世に砂防を工事だけ、つまりハード対策だけで進めることはできない」

このあとの文章も示唆に富むのだが、そうなのだ、と腑に落ちた部分である。
行政の無策、この能登半島、もう3年来、地震が多発していたというのに、この大地震は予見していなかったのか?とか、11年の東日本大震災の教訓で、地震が起きたときの被災者の救済のやり方がなんでこんなに遅いのか、いろいろ言いたいことが山積になって、胸が苦しくなってきたときに、逃げ道をみつけた気がしたのだ。

自然災害、特に地震は予想が難しい。
南海や東海で地震があるだろうけれど、20年うち、30年うちに、起きるでしょう、という予想、まさか、3年前からいくつもの地震があったからといって、24年の元日に起きるなど、ぴったりの予想はできない。

でも、でも、でも、と私は言いたい。何かもっとできるでしょうに、と。

青木奈緒:「動くとき、動くもの」講談社文庫、2005,から引用しました。
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