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生活の進化が今では不便

地震から13日目、あすで2週間になる。
避難所、あるいは傾いた自宅での日々を垣間見ると、生活の変化を進化と思っていたけれど、それがいざ、災害となったとき、そうではない、ということに気づかされる。

それは昔に戻れというのとは同義語ではないけれど、昔の杵柄ではない、昔の名残が捨てられない理由も理解できるのだ。

まず、新聞紙、新聞ではない、あくまで新聞紙、これが捨ててはならないものの筆頭、とは言いすぎかもしれないが、避難生活の各所に登場する。
まず、保温効果だ。着の身着のままで避難した人たち、あわてて屋外にでたこともあり、外套さえ羽織っておらず、室内ですごしたままの衣服、という人々も多かった。
避難所といっても、暖房完備ではなく、当初は暖房もなかったところもあっただろう。
そんな中、衣服の中に、新聞紙をいれる、それで保温効果がありますよ、とテレビでその道の専門家がいい、テレビ局のメンバーがおおきくうなずく、という場面もよく見た。
新聞紙の保温効果は、そうなのだろう、と思う。
以前、よく見かけた路上生活者の皆さんは、その身、あるいは体の周辺に新聞紙をよくおいて、利用していたことを思い出す。
保温に使うというのは、新聞のある国では一般的で、最初に行ったころ、パリの路上生活者の手元に、ルモンド紙があって、フランスの路上生活者はインテリだ、と早とちりをしたことがあった。

しかし、この新聞紙、今や、希少物質となっているところもある。
わが家の周辺はそうである。
つまり、新聞を購読している家が減っているのだ。
人家の少ないところでは、新聞の配達サービスがないところもある。
我が家周辺は、以前は、下の集落まで毎朝取りに行っていたけれど(2キロあった)、それがだめになり、別荘の管理事務所にかわり、そしてそこもトラブルがおきてダメになり、郵便配達で受け取るようになり、その不便さにいやけがさして、つれあいはPCで読むからいいといい、私は下のコンビニまで6キロを車で買いに行く、ということになった。
読後の新聞、これは新聞紙という存在になるが、これをどうするか、たまればごみの日にまとめて出すこともあり、夏場にきた別荘族の人から少しくださいと頼まれることもあり、野菜の包装紙ともなり、冬場は友人のストーブ利用者が焚き付けにほしいと、束でもっていく、となかなか利用価値が多い。

テレビをみていると、入り口のところの靴脱ぎ場に新聞紙が敷いてあったり、中では包装紙として使っているような雰囲気もあったりだ。
地震後、新聞配達など、途絶えていることだろう。
そうなると、本当に新聞紙が貴重なものになる。(トイレットペーパー代わりには使わないだろうが)
新聞もペーパーではなく、ディジタル化で、スマホで読もう、なんて言われているが、紙の利用法がこんなにも多いのですよ、と前時代人として強調したいのだ。

我が家は電気にほとんど頼っているけれど、全電化ではない。
東日本大震災のおり、全電化ハウスに住んでいる人が、トイレの蓋があかない、というところから不平を言っていたけれど、玄関も開かない(顔認証の場合)、すべてに不便になったとか。
そこまではいかないにせよ、なるべく熱源の種類を一本化して、となると、ヒーターの類も、点火は電気である。
東日本のとき、計画停電の不便さから、脱電気ではないけれど、電気ではない、乾電池やマッチなどで着火するストーブも購入したけれど、それから10年以上たち、いつか、登場する機会もなくなった。

もう使わないだろうから、捨てようと思っていたものがいろいろある。
この冬は、湯たんぽもそうだ。早めに電気毛布(シーツ)を出したこともあるが、湯たんぽを使わないのに場所取りね、これ捨てなきゃ、と言っていたけれど、こんなとき、電気がこなければ、湯たんぽ利用しかない。お湯はボンベ式のガスコンロ、やはり、今は使わないヤカンも残してある。
炊事用具を、ほとんどIH仕様、そして少人数用、などに替えてきたが、そうではなく、直火可、というものも必要不可欠なのだ。

雨水をうけるためのバケツや洗面器、これもやっぱり必要な品だ。
昨日のテレビでは、外国人の避難者たちが、ボトルから直接水を顔に流して、洗顔していたけれど、ここに洗面器があれば、あんなに無理なやり方でなくても洗顔できたのに、と思った。

この頃、タオル、それも温泉などに泊まったときにいただく薄手のタオル、これを持っている人は少なかろう。
これがまたすごく役に立つ。
自然素材を使いたい私は、このタオルで体を洗う。拭いたりするのは、すこし厚手になるけれど、高価な刺繍いりのバスタオルなどは来客用である。
先日、村のお店で買い物をしたとき、お年賀です、とこのタオルを2枚いただいた。昨年、フランスへ出かける前、日本のタオルをお風呂やシャワーで使います、と言ったとき、お年賀の残りですが、と数枚いただいたのだ。その記憶から2枚くださったのだろう。

コロナの初期、自分でマスクを作るのがはやり、母の残したガーゼがあったのを押し入れにしまっていた。こんなものも捨てられない。緊急医療品という中にいれられるものではないが、やっぱりガーゼも捨てられないものの一つだ。

こうしてみると、今年には捨てようと決心していたものが、何も捨てられなくなる。
ごみ屋敷になりそうだ。
そうしてとっておいても、今回の地震、あるいは東日本、阪神・淡路、どの地震をみても、その直接の被災者は、なにも持ち出すことなどできていない。

こんなものも必要だろう、といろいろ思っても、今は個人からのものは受け取らない。
まだ、水も電気もないところが多い、とのこと。ぬくぬくといることが心苦しい。

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