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エッフェル塔の歓迎うけて

6月21日、夏至の日、フランスでは音楽の祭典の日でもある。
詳細は忘れたが、パリ(に限らず全国で)では、市内の各所で、夜を徹して、音楽が奏される。
プロもアマも、一人も多人数も、と始まった当初はとても自由なものであったと思うが、現在がどういう仕組みか聞いていない。
日本の歌を歌う合唱団も参加する、という話もあって、最初はそれを聞きに行きたいと思っていたが、参加はないということで、この日、夜にパリをうろつくことをやめた。
当日、地方からパリへ戻ることになっていて、夜にまた出かけることが面倒に思えたこともある。

さて、別にこの日に限ったわけではなく、毎日エッフェル塔の照明は行われるのだが、この日、夕食を終えて、宿泊している従姉妹の家の自室に戻った。
広いベランダがついていて、そこから、エッフェル塔が見えるのだ。
頭の先だけが見えるのではない。底辺部からとも言えないが、ずいぶん下の部分からトップの展望台まで、ほとんど全貌というくらい、見えるのだ。

従姉妹のマンションのどの部屋からも見えるのか、それはわからないが、最上階のわが部屋のベランダからが最も見えることは間違いがない。

点灯は10時、遅いようだが、その時間までまだ明るく、点灯されても効果は少ない。
徐々に塔が赤みを帯びてくる。そして5分もすれば、通常のライトアップとなる。
そして、1時間後、11時ちょうど、突然きらきらが始まる。白い閃光が塔の全体から放たれるのだ。

このきらきらを初めて見たのは数年前、もちろんコロナ以前である。
それも12時ちかく、急遽泊めてもらうことになったこの部屋で、エッフェル塔がようこそ、と言わんばかりに輝き始めたのだ。その時のショックは、エッフェル塔が私のために輝いている、と信じ込むものだった。

もちろん、私のためではなく、単にエッフェル塔のイルミネーションなのだが、あまりのタイミングに驚いたのだ。

今、エネルギーひっ迫の折、このきらきらは、11時、0時、そして1時くらいまでなのだろうか、限定されているという。
私は11時をみて、可能な限り0時まで起きて、それを見たのち就寝するようにしていた。

東京から引っ越してずいぶんときが過ぎた。いまや、東京タワーだけでなく、もっと高いタワーがあって、その照明も美しいらしい。
しかし、このエッフェル塔の照明の見事さ、やっぱりパリなのだ。

パリの高級なホテルに宿泊しても、この展望は得られまい。
ベランダに椅子を置き、夜風を肌に感じながら、きらきらが始まるのを待ち受ける。
この日は、夜を徹しての音楽のお祭り、11時などはまだ宵の口だ。
一人で見ているのがもったいなくて、携帯で写真をとる。そして友人たちに送った。

6月21日を音楽の日としたのは、その昔、社会党政権時のジャック・ラング文化大臣だったように思う。
このエッフェル塔きらきらのアイディアはだれのものなのだろう。

私はこんな贅沢をしています、と叫びたい。
従姉妹たちは慣れてしまっているのか、私の興奮に付き合ってはくれない。

パリを去りがたくするのは、このエッフェル塔があるからだ。
もうパリを再訪することもあるまい。最後の夜は見納めと、11時、そして0時ときらきらを楽しんだ。
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