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九仞の功を一簣にかく

どうもパソコンの辞書機能になれないせいか、古い漢字がだせない。この「きゅうじんのこうをいっきにかく」もとうとう「かく」が出せなかった。

このことば、「書経」のなかの「為山九仞、功(かく)一簣」九仞の山を築くのに、最後にいっぱいの簣(もつこ)の土を欠いても完成しない。事が今にも成就しようとして最後のわずかな油断のために失敗するたとえ。
と広辞苑にはあるようだ。

このことばは、なにかと最後のふんばりのきかない私に対し、母が言っていた。最後の最後まで頑張れ、そうしないと「九仞の功」だよ、と叱咤激励されていた。それかといってちゃんと一簣の分までがんばったわけではないが。

現在の猪瀬都知事をみていると、このことばが思い出される。知事に選出され、いろんな改革をして(それは副知事時代からのものもあろうが)、石原慎太郎もなしとげられなかったオリンピック招致にも成功。それこそ九仞まではいったのに、最後の一簣がのせられなかった。

だから九仞の山も無に帰した感がある。都民ではないし、オリンピック招致にも反対だったから、彼の功績そのものに恩恵をうけるものもなく、淡々と報道をみているのだが、汗ぽたぽたの姿は無残以外の何物でもない。
潔さをみせるのも一簣になりそうな気がするのだが。。。。。
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