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訪れた国々

25歳に初の海外旅行に飛び出して、それからウン十年、結局のところ、何か国行ったのだろう、少し、見直す気分になった。
50か国を超すかどうか、最初のころは、未知の国、ということで、行ったことのない国々を訪ねることが楽しかったが、最後のころは、フランスだけ、という、旅行というか、家庭訪問みたいな旅になっていた。

アジア:
 大韓民国、中華人民共和国、ラオス、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、パキスタン、インドネシア(バリ島のみ)、香港

オセアニア:
 オーストラリア、ヴァヌアツ、ニュー・カレドニア(仏領だけど)ついでにハワイ(アメリカだけど)

南北アメリカ:
 アメリカ合衆国(東海岸、西海岸)、メキシコ、コスタリカ、グアテマラ

カリブ海:グアドループ(フランス海外県)

ヨーロッパ: 
 ソヴィエト連邦(ロシアになる以前)、イギリス、アイルランド、ポルトガル、スペイン、アンドラ、スイス、イタリア、フランス、西ドイツ、ポーランド、スロバキア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、ギリシャ、オーストリア、ヴァチカン、マルタ

中東:
 イスラエル、トルコ、

アフリカ:
 モロッコ、チュニジア、エジプト、コンゴ民主共和国、セネガル、コートジボワール、ケニア、南アフリカ、

地図を見ながら、記憶をたどると、以上の国々(地域も含めて)になる。
亡くなった連れ合いと行った国々も4分の一くらいにはなるのだろうか。
それ以外の国々の95%は、行った先に友人、知人、友人の友人、といった知り合いがいた。
そして、ほとんどが一人旅、自分で旅行のプランをたて、そのプランにそって、旅行代理店で飛行機の手配をしてもらった。なるべく安い代金で、しかし、フライトの時間は安全に移動できるもので決め、宿泊は、現地で、飛行場のインフォメーションで決めることもあった。
だいたい、友人や知人を頼っていたが、時には、各国の郵便事情で、到着までに着いていないとか、自宅配達がなかった、とか、連絡がとれていないこともあった。

何で電話しなかったのか、と責められたこともあったが、国際電話というものは慣れていなかったし、高額そうで使えなかった、なんせ貧乏旅行だったのだ。

日本人の友人・知人ばかりでなく、外国人の友人を頼ってということも半分以上あったが、彼らのほとんどが前の旅行で、飛行機の中で知り合った、という関係が多かった。
なんと平和な時代だっただろう。
隣り合わせた席の人と、飛行中に話がはずみ、住所や電話番号を交換、次に自分の国にくることがあったら、ぜひ連絡を、と約束、そして彼らも日本に来た。
まだお付き合いをしている人は数人、いるかくらいだが、当時は、世の中、悪い人はいない、みたいな思い込みもあっただろうし、まず、人を見る目がある、というほどではないが、10時間をこすフライトの間の会話で、いい人、悪い人の区別をつけていたのだろう。

ギリシャの友人などは、モスクワからアテネまでのフライトで、アテネの空港の荷物受け取りで待っている間、おしゃべりしたのがきっかけだった。
ギリシャでもトルコに近い地方に住んでいる彼ら(夫婦)とはその場限りの会話と思っていたが、次回、ギリシャに来るときは、ぜひ自分のところに来い、と言われ、同行していた母が必ず行きます、と勝手に約束したのだった。
そして、その約束を果たすため、数年後にギリシャへ行ったとき、彼らの歓待ぶり、普通の生活の中で、こんなにも歓迎してくれるのだ、と母とともに、人情の厚さをかみしめた。

開発途上国での交通問題、トイレ事情、シャワー問題、治安、今になるとよくぞ行ったもんだと思うけれど、若気のいたり、こわいもの知らずだった。

いまだに団体旅行というのは気がむかず、さすがにアジアなどでは行先に日本語のできるガイドさんをつけてもらっているけれど、自由がきいて、一人旅は気に入っている。

今年のフランス行きを最後の旅行と決めたけれど、こうしてみると、行きたかったところで行きそこなったところがなんと多いことか。
あの時、お誘いがあったのに、なんで行かなかったのか?
世界地図を見ながら、行きたくて行けなかった国々のリストを作成したくなっている。


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