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切手の行先が決まった

連日、郵便局には顔を出す。コンビニでの新聞購入、郵便局、会館の図書室、これが毎日のルーティンになっている。
今日は郵便局である発見をした。透明のプラスティックボックスがあって、使用済み切手入れとある。

局員の一人に、郵便局で集めているのですか?と問うと、いえ、これは社会福祉協議会の依頼でおいてます、という。
そうか、社協がその活動の一つで使用済み切手を集めているのか、と納得する。
自宅には、この頃数少なった郵便物だが、個人の場合、だいたい記念切手を使用しているから、その切手を必ずとっておく。

数年前までは、フランスの知人が、またその知人であろうが、切手収集をしている、というので、年に1回、送っていたのだが、その知人が亡くなって、切手はたっだ残しておくだけだった。
もう5年前に亡くなったパリの代父が、ある慈善団体で、切手係をしていた。使用済みの切手を寄付してもらい、それをコレクター向けに分類して、教会の行事などで売るのだ。
その収益など、彼が定期的にしている寄付などに比べれば微々たるものであろうが、彼はこれは奉仕なのだ、と毎週1回の切手の日を、とても勤勉に通っていた。
フランスへ行くときは、かならず、集めた切手をお土産に持参する、そんなこともなくなってしまった。

そうやって、郵便物からとっておいた切手のほかに、我が家には昔の切手コレクションがある。
これもどうにかならないか、と思っている、処分に困っているものだった。
先日、村にも古物商がみえ、切手も扱いますよ、というので、どんな切手は引き取れるのですか?dと問うと、まあ、見返り美人のシートとか、と我が家にはありそうもない切手を例に挙げられる。

結局、切手も扱うといわれても、我が家にある切手はその対象ではなさそうだ。
もうすっぱり未練を捨てて、ごみで処分するか、という気持ちになりかかっていた。

社協の方が、どうにかしてくれるそうだ。
切手のマーケット自体は、社協であれ、他の慈善団体であれ、営利の団体であれ、決まっているだろうし、こちらの思い出分が換算されるわけではない。
お金の問題ではないのだ。
やっぱり思い出はお金に換算できない。これがもし、社協を通じて、なんらかの役にたつのなら、それで本望なのだ。

切手のコレクションブックの埃をはらう。パラパラとページをめくると、昔なつかし、の切手が並んでいる。未使用のものも多い。
そんな時代があったのだ。切手コレクションがブームで、発行日に郵便局で並んで買った、そんなこともしたのだろうか、外国の切手のシートもある。

切手が使われなくなってきた今、ノスタルジーでしかないかもしれない。
今日、そのノスタルジーとお別れする。

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