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Apres moi le deluge!(あとは野となれ山となれ)

Apres moi le deluge!は、ルイ14世が口にしたという話もある。自分が死んだあとは、洪水でもなんでも起きていい、あとは野となれ山となれ、と無責任主義あからさまな表現だ。

私もそんな心境になっていた。地球温暖化、マイクロプラスティック汚染、中国からのPM2汚染、いろんな環境問題があるけれど、私はそのうち死んでいく、生きている間に死に至るほどの深刻化はないだろう、と外野席にいる気分だった。

しかし、金曜日、欧州で行われた高校生のデモをみて、そうだ、他人事にしてはいけないのだ、と思い直した。

子もなく、孫もいない私には、子孫にきれいな地球を、という思いがなかった。それを高校生が、自分たちにも安全な地球を残せ、と叫んでいるのだ、とその叫びが聞こえた。

一応の環境を守ろうという行動はとっている。マイクロプラスティック問題から、プラスティック製品を多用しない、レジ袋などの制限、というようなことが言われれば、自分なりにそれを実行する。
買い物には買い物用のバッグを持参、なるべくレジ袋はもらわない。

しかし、プラスティック製品は生活の隅々に浸透している。今、使っていて罪悪感を感じるのは、歯ブラシや歯間ブラシ、歯間用のフロストだ。昔は歯ブラシなど、1年に1本を使っていたような気がする。今では、1本1カ月が最大限度で、歯の隙間も強引に磨こうとするので、ブラシがすぐにダメになる。
歯間ブラシなど、ブラシの部分、フロストは先がとがっている。

これらのものが、もし、川や海で、魚の口にはいったら、あるいは、海辺、川べりの動物が口にしたら、内臓を傷つけることは間違いない。

今年、分かった事実として、東日本大災害の大津波、真っ黒だったのは、海底のヘドロや沈殿物を底さらいで持ち込んだのだという。

そこまで汚染は進んでいる。

高校生の危機感も当然だ。たしかスウェーデンの女子高校生が、金曜日の学校を休んでデモをしたのが始まりという。欧州全体に広がっているようだ。

でも、日本では高校生は行動にでない。日本の若者はどう思っているのだろう。

68年などは、高校生も行動に移ったと聞いている。日本ではいつしか、高校生は政治にかかわらないようになっている。
といって、私がその当時、行動したわけでもないし、その後も傍観者でしかなかったことは自慢にもならない。恥な部分である。

あとは野となれとは思わないことを行動にするには、どんなことができるのか、毎日考えているところだ。
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