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パノラマラインをドライブ

これで何日続きの好天だろう。毎朝、起きるのが楽しみだ。好天のもと、紅葉がすすみ、いまでは半分は落葉になった。

ちょっとした用事で、少し離れたところ、となりの草津町まで行った、といっても、わが村との境だ。
そこで、パノラマライン入り口の案内を見つけた。

ああ、そうだ、ここにパノラマラインなるものがあったのだ、と思う。つれあいが元気なころは、季節ごとにドライブをしたものだ。

テレビでは毎日、県内の紅葉見どころの案内がある。そのほとんどに行ったことがないし、また今ではいこうとも思わない。
でも、このパノラマラインもきっと紅葉がきれいなはずだ、と、用事がすめば帰宅してやるべきこと、のリストも頭をよぎるけれど、無視することにする。

見事な紅葉だった。最初は山間を走る。だから山はもう燃えるような色になっている。平日ということもあるのだろうか。また名所としての案内がないからだろうか、私の専用道路になっている。

道路は昇ったり下りたりを繰り返す。時々、山からカモシカがでてくることがあるので、少しスピードは緩め加減にする。

9月末に入院したつれあいは、とうとう2年前の紅葉もみることはなかった。

少し下がると、最期の収穫なのか、キャベツを箱詰めしている。一つ分けていただこうかと思うけれど、仕事の手を休めさせてしまうのが悪くて、そのまま走る。

思いがけない紅葉狩りができた。我が家はもう半分は落葉になっている。これからは少しずつ下界へ降りて、紅葉を楽しむことになるのだろう。
いい一日になった。
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青いトマト

今朝、別荘地をはずれたところの畑で、畑じまいをしている知り合いにであった。
その畑の土地は、3年前まで、つれあいと私も借りて、野菜作りをしていたところだ。

われわれが体力の問題で撤退して、その知人、同じ別荘地に住む、移住族なのだが、プロ並みの畑にしている。

とうもろこし、花豆、モロッコインゲン、きぬさや、トマト、キュウリ、ナス、ピーマン、枝豆、スイカ、など、多品目を作り、それぞれに結構な収穫を得ているようだ。

今年は、きゅうりなど、なりすぎたとき、もらってくださいね、と言われて、10本以上のきゅうりをいただき、一人できゅうり責めの生活もした。

いよいよ、おしまいですね、というと、今年は動物の被害がなくてよかったですよ、と言われる。そして、腕には立派なトマトを抱えている。立派だけれど、赤くはない。青いトマトだ。

トマト、いりませんか?と言われる。自分で熟させるのですか?と聞くと、いや、青いまま食べるとおいしいですよ、ただし、漬物みたいにね、とのこと。
青く、固いトマトを薄切りにし、塩をまぶして漬物にするのだとか。いや、おいしいですよ、食べる時にごま油でもたらしてね、とのこと。

ごま油は臭いが苦手なのだが、オリーブオイルでも代用できそうだ。いろんな食べ方がある。

自分の畑を持っていると、こういう発見がある。とうもろこしは、メインの実を残して、2番目、3番目の実は落としていく。その実はヤングコーンとして食べられる。それこそ、ナマでも柔らかくて、サラダにぴったりだ。
インゲンなどは若いときにとりいれる。フランスでいうharicot finだ。柔らかくて甘くてとてもおいしい。

彼らも自分の家族で作る野菜をたんのうしたことだろう。うらやましい。

夕食に青いトマトを料理した。料理したうちにははいらない。薄切りにして、ギリシャの塩をまぶした。オリーブオイルはもちろんギリシャから持ち帰ったもの。

最初は固い、味がない、と思ったのだが、塩がしみこんだのか、途中から甘くなった。オリーブオイルも味を柔らかにする。真夏には無理かもしれない青いトマトの一品、堪能した。

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SAL便なくてとっても不便

今年も残すところ2か月になろうとしている。
そろそろ来年のカレンダーを手配するころだ。

毎年、きまって生け花のカレンダーを外国の友人たちに送っている。そのカレンダーが届いた。例年だと10月末か11月初めにSAL便で送っていた。
ところが、そのSAL便がフランスには使えないでいる。それは4、5月ころからだったろうか。

郵便局で、外国のいくつかの国が、SAL便のサービスを中断している、という。いくつかの国のなかに、私が最も郵便の対象としているフランスもはいっている。
一時的な中断だろうと、郵便局の人は言う。その理由に、冬場の大雪で配達経路が混乱したからだとあるらしい。5月になって、大雪の影響というのもおかしな話だが、フランスのPTTも大変そうだから、仕方ないか、とサービス再開を待っていた。

フランスの友人には、本やその他の品々で送る約束をしていたものもあるのだが、航空便にするには重すぎるし、船便もどうかな、と様子見をすることにしたのだ。

ところが夏をすぎても再開がない。しかたなく、本だけは船便で送った。

そして今回のカレンダーである。幸い、印刷物であるから、割引の料金ですむけれど、これが普通の小包であれば、相当の料金になるだろう。

友人のだれもが、このカレンダーは楽しみに待っているから、料金がかかるからやめるというわけにもいかない。

郵便制度というのも、アメリカのトランプ大統領が万国郵便制度からの脱退を言い出したけれど、差出国の切手で、配達されるべき国では、そのサービスは無料サービスになる、というのだから、料金の面で、不公平というのはあるのだろう。
しかし、こうも勝手に変更されても、という気持ちになるし、利用者としては納得いかない。


末端の不満がフランスまで通じるわけはないけれど、不便にたいする不満の意なるものを郵便局では強く伝える。局員の人もどうしようもないのだろうな。

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公共輸送機関での人身事故

先日、成田から東京へ向かっていたときのことである。乗車した成田エクスプレスは、乗車駅である成田から、降車駅である東京駅までノンストップ、この調子なら1本早い北陸新幹線に乗れるかも、とすでに自宅へ帰り着く時間を考えていた。

ところが、千葉駅を出てしばらくしたところでストップだ。なんだ、なんだ、と騒ぎたてるほどの乗客はいない。私の乗っている車両には、外国人が10名弱乗っているだけだ。

しばらくして車内放送があった。日本語である。我々の列車より先行している列車が、人間と接触事故を起こしたので、しばらく様子見に停車します、というような内容だった。
接触事故というのなら、ドアが閉まるときに、滑り込みを狙った人がいたのかな?ころんだ程度なのかな?少しはドアに挟まれて引きずられてのかな?などと考えている。

通路を隔てたところにいる外国人のカップルは、様子がわからないまま停車が続いているのに、不安げな様子だ。
その時の私の解釈は、accidentではなくincidentであったので、そのような説明をした。もうじき動きますよ、と。

次のアナウンスでは人身事故となった。結局、状況を調べ、接触事故ではおさまらない人身事故となったのだろう。
しかし、アナウンスの内容に、こういうべきなのだ、という表現を知った。つまり、人身事故そのものを調べることもしているだろうが、後始末の表現だ。きっとばらばらになってしまったのだろうが、それを片付けるという表現は使わない。救援作業をしている、というのだ。

外国人のカップルには、人が死んだらしい。きっと列車に身を投じての自殺だろう、と説明した。
ようやく英語でのアナウンスがあったけれど、それは人身事故といった表現ではなく、予期せぬ事がおきての停車である、ということだった。

先日は、東海道新幹線であったか、そこでの人身事故は、その影響が大きかった。東京駅のみならず、新大阪までの各駅、そしてその先まで、なんという人数だったろう。
あの新幹線に乗れなくて、辛抱強く待っている人たち、運転再開が何時だったのか、何時まで延長して運転されたのか、最期までの報道はなく、こちらも直接の影響がないのでそのままにしてしまったが、JRをつぶすのには、人身事故が数件続くだけでも可能ではないか?と思ってしまった。

人身事故と言われる事故の98%は、自殺なのだ、と友人の一人が言ったことを記憶している。どこからその数字がでたのかわからないけれど、残りの2%は、踏切事故などでの死亡らしい。

東京などの都市圏では、運転の頻度が高い。そしてその頻度がきちんと守られていることが絶対条件になっている。
この事故は、何万人に影響した、などと報道されたりするが、自分が影響をうけた一人になったとき、なんともやるせないものだ。

なんで投身自殺などをしたの?と率直にききたい。どんな事情があったのか、瞬間的な衝動なのか、それとも思い余ってのことなのか。

人身事故で交通が止まっていることの報道はあっても、その原因となった人の名、背景などは報道されない。翌日になってもなにもわからないままだ。

あんなに大きな迷惑を受けたのに、その原因がわからないのは納得できない、と思うが、それを突き止めるにはなんだか差しさわりがありそうな気になる。

認知症の高齢者が家を抜け出て、事故の原因になったとき、家族の監督責任が問われ、損害賠償も求められたけれど、新幹線などでもそれは同じなのだろうか。
定時運転で驚異的な評価を得ている日本の鉄道だが、こういう弱点は無視されるべきではない。

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田舎のプライヴァシー

別荘地に住んでいる。10月末ともなれば、ほとんどの別荘族は引き揚げ、閑散としたものだ。
常住の人もいる。我が家もそうだけれど、2ブロック離れたところに、女性高齢一人暮らしのお住まいがある。

我が家と同じころに建てられて、ご夫妻で移り住まれた家だ。数年前から奥様の一人暮らしとなっていた。もう80歳後半のおひとりぐらし、もちろん車の運転はなさらず、食料品は2週間ごとに注文、配達で済まされていた。

お豆を煮たりなさると、届けてくださるのだが、こういう料理の年期が違う、とてもおいしくて、
亡くなったつれあいも、花豆の煮ものなど、楽しみに待っていた。

その方のおうちに人の気がしない。雨戸は締まったままだし、洗濯物が干されていることもない。
歩くことが割と不自由になられていたから、ご旅行というのも考えられない。
入院でもなさったのか?

親しくしていた我が家に問い合わせがはいる。私も海外旅行やら、所用ででかけることが多くて、気にはなりながら、お尋ねしていなかった。

管理事務所に問い合わせをする。入院されているみたいですよ、ご長男がみえていました。冬になるので、水抜きなど必要なのか、お尋ねしたら、そうおっしゃっていました、とのこと。
しかし、入院先はわからないのだそうだ。

民生委員もご存知ないし、また知っていても、教えられないらしい。ということは、村役場の社会福祉課あたりに問い合わせして、ホームヘルパーで来ているひとに聞いてもらうこともできない。

本人の携帯電話番号は知っているが、さて、重病であれば電話も通じることはないだろう。

幸い、私は彼女の親族の連絡先を聞いていた。ご長男、娘さん、それに妹さんの3人だ。というのも、一度、妹さんだったか、我が家に電話がかかってきた。電話が通じないので、様子をみてきてほしい、というのだ。我が家の電話番号を聞いていたらしい。

その時は彼女が携帯をもたずに、長く散歩していたということがわかったのだが、なにかがあったときに、連絡できる、あるいは連絡しなければならない方の番号をいただきたい、ともらっていたのだ。

ご長男に連絡して、入院先もわかった。さっそくお見舞いにでかけた。もう1カ月以上になるという。その間、心配していた友人、知人がいることに、恐縮しきっていた。

この頃は個人のプライヴァシーを尊重しなければ、と個人情報がだされない。しかし、それも不便なものだ。

私になにかあったとき、管理事務所には弟と友人の連絡先を登録している。しかし、ご近所のかたにはなにも知らせていない。

なにかがあっても、きっと地元の友人、知人には情報は与えられないだろう。だれに知られることもなく、ということになる可能性も大きい。
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かわいそうな五十雀

今朝、早起きついでに、ベランダのエサ台に野鳥のエサをおいた。
すぐに右から、左から、正面から、斜めから、鳥たちはこっちの想定した方向からばかりではない、いろんなところから、集まってくる。といっても、一度にエサにむらがるのではなく、ハイエラルシーに則って順番でエサをとっていくのだが。

ガツンというのか、ドンというのか大きい音がした。あっ、鳥が窓ガラスにぶつかった、と思った。しかし、気にすることなく、朝食をすませた。
ベランダにでると、下に五十雀が一羽、うずくまっている。そばには血が。ピンクがかった赤で、人間の真紅の血の色とは異なっている。

どうしたの?ケガでもしたの?とかがみこむと、背中をツンとつつくものがいる。同じ五十雀である。私が傷ついた鳥をどうにかするのではないか、と警戒したらしい。

時々、窓にぶつかる鳥はいるけれど、こうしてうずくまるほどの打撃をうけるのもめずらしい。

しかし、手は出さない。一度、手に抱き上げ、なでていたら、いつの間にか回復したのか、ぶるっと体をふるわせ、思い切って糞をまきちらして飛び立ったことがあるのだ。

野生の生き物については、やたらに手をだすべきではない、と教わった。絵本などで、野生の生き物が傷ついたとき、看病して馴らす、なんて話にあこがれはあるけれど、山の中で生きていくと、そう簡単でないことがわかる。

数枚写真をとって、友人にメイルで送るのがせいぜいで、あとは鳥自身の回復力にまかせる。

1時間ほどあとになって、その場所にいくと、もう鳥の姿はなかった。
結構重症のように思えたが、自力で飛びたてたのだろう。自分の巣まで無事に戻れたのだろうか。そこで休めば、またいつものように飛べるようになるのだろうか。

そのあと、エサ台にくる鳥のなかで、五十雀に注目したけれど、見分けはつかない。

これからは気を付けてね、と鳥たちに注意喚起したのだった。

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携帯電話の料金、1980円にはどうすればいいの?

10日ほど前、9月の携帯電話使用料金の明細が届いた。下旬にギリシャへ行ったとき、DoCoMo@docomo-bilなるメイルが届いた。billing informationで9月30日には、17,000円を超えました、というお知らせがはいっていたので、相当高額になっている、とは思っていたけれど、総額3万5000円を超えている。

もうショックで、食欲がなくなるほどだ。といっても食欲の秋、ちゃんと食べていたが。喉になにかつまっているような、明細をみても海外パケホというのが17,840円という金額になっていることはみてとれるのだが、なぜそうなったのかが、理解できない。

旅行に出かける前、わざわざドコモの店に行き、海外旅行をするのだが、と説明を受けたのだ。

その時受けた説明はもう忘れた。しかし、ギリシャの友人宅にはフリーWiFiがはいっているというし、そこから通信する分には費用はかからないわけだから、ともう安心しきっていたのだ。

それなのに、1万7000円の費用がかかったとはなんでだ?と、今日は質問にいったわけだ。

説明は簡単だ。私の契約が海外パケ・ホーダイになっている。そのなかのどれだけ使っても最大2980円/日が適用されたのだと。

しかし、私はフリーWi-Fiのところでしか使わなかった、というと、それ以外のところでデータローミングをオフになさいましたか?と聞かれる。そんなの知らない、というと、もしオフになさっていなければ、その家の外で、ちょっとでも通信にかかわる作業をなさると、もう海外パケホの対象になります、との説明だ。

ドバイからテッサロニキへの移動する間、迎えにきてくれる友人が、なにかで連絡するかもしれないと、通話可能にはしていた。もうそれでもかかっているということらしい。

この海外の利用分を除いても、だいたいが毎月の費用が高い。
テレビではなんとかかんとか1980円などと、利用料金が月々1980円ですむような広告をしている。

私は菅官房長官、あまり好意をもっているとはいいがたいのだが、通信料金が高すぎる、という発言には多いに同感だ。

説明をうけると、そうか、私がやり方を間違っていたのか、と納得するけれど、説明書を読んでいなかったせいだ、と理解するけれど、この機械、桜と一緒だ、なければどんなに心やすらかな人生となることだろう。
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ヤマガラのジイジ君、養鳥になって

今朝も彼がきた。ベランダで音で気配がわかる。羽音がするのだ。
ジイジ君だ、とベランダに出る。ほどなく、彼が現れる。ちょっと待ってて、と部屋にはいって、エサをとってくる。エサはホームセンターなどで売っている、リス用のひまわりの種である。

手のひらにのせて差し出すと、ちょっと顔を傾け、このエサ、安心かな?と問うてくる。ちょっと古いけどね、という。嘴でつついて実がはいっているかどうか、チェックする。
納得のいく粒を得ると、それを嘴にはさんで飛び去る。
すぐの場所では食べない。

ちゃんと食べ終わったのかどうかはわからないが、2,3分後に戻ってくる。同じことの繰り返しだ。

つい2週間ほど前、近所の別荘族の友人が、今年は手から餌を食べるヤマガラがいるわよ、と言った。その言葉のすぐあとにヤマガラが飛んできて、彼女の手からひまわりの種をとっていく。

この数年、こういう動作はなかった。エサおきのところにきて、ひまわりの種をさっとくわえて飛び去る、五十雀、四十雀、ヤマガラ、コガラ、同じ動作だった。ヤマガラだけが、人が近くにいても怖がらないのか、ゆったりしていたけれど。

山男の住人がいたときには、彼が鳥を呼び寄せてくれていたのか、ヤマガラ、コガラが手から餌を食べた。それが彼の死とともに、野鳥も少し距離をおくようになった。

冬は人もいないので、鳥の来訪だけが楽しみだったが、手にのらなくなって、そっけない関係になってしまっていた。

ジイジ君と呼ぶのは、ヤマガラの鳴き声からだ。秋から冬の間、低い音でジイジ、と啼く。どのヤマガラでもそうなのだが、呼ぶときにジイジとこちらも声をまねるので、ジイジ君と名付けたのだ。

どうもなついているのは一羽だけらしい。昼間、暇なときに、鳥と戯れるか、とベランダにでると、けっこうエサもらいに鳥が集まる。しかし、彼らはエサ台にはくるが、私には近寄らない。
そんななかで、1羽だけがすぐそばに来て、エサをくださいというような表情をみせるのだ。

きっとそれぞれに顔も違うのだろうが、私には区別がつかない。なにか特徴がないか、と観察するのだが、わからない。
養子縁組したいね、と話しかけるのだが、エサさえとれば、さっさと飛び去る。

我が家のほかにどこでエサを与えているのか、わからないけれど、この冬はジイジ君のおかげで、孤独からは救われそうだ。

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俵万智著「牧水の恋」を読んで

久しぶりに短歌を読んでいる。たまたま図書館で借りてきたのだが、小説だと思っていた。ところが、牧水の恋歌が丁寧に解説されている。俵氏の解説、ご自分の歌もいれて、とてもわかりやすい。

私も若いころ、短歌の結社に属していたことがある。それも牧水の流れだった。だから、その結社の月例会には、この本にもよく引用されている牧水の研究家「大悟法利雄」氏にもお目にかかったことがある。

結局、牧水直流の結社から分裂した団体に所属したため、大悟法氏ともそれっきりになったけれど、牧水の話など、もっと聞いておけばよかった、とも思う。
しかし、私がイメージする牧水は、酒乱に近いような男性である(誤解なのだろうが)。

俵氏のこの本で、牧水が軽井沢に滞在し、浅間山を歌っていることも知った。牧水といえば、「水上紀行」の印象が強く、軽井沢の歌などを知らなかった。

「白鳥は哀しからずや海の青そらのあをにも染まずただよふ」が恋の歌とは知らなかった。この白鳥をハクチョウと読むのか、シラトリと読むのか、とか、海に漂っているのか、空を漂い、飛んでいるのか、単数か複数か、など、なんだか七面倒そうな分析ばかりを聞いていたけれど、最初の白鳥は哀しからずや、がメインであることを忘れていた。

この本で、いやというほど、牧水の恋の歌、それには失恋の歌ももちろん多いのだが、を読んで、まあ、一人の男性がよくぞ、こんなにぐだぐだ愛だ、恋だ、悲しい、哀しい、といえたものだ、と感心している。
そして、その気持ちがどうしてこんなにうまく表現できるものだと、感心しきっている。

私だって、恋もしたし、その98%は失恋で終わっている。結社に所属しているときは、その気持ちを歌にした。しかし、いつも、あんまり感情に流されないように、と先輩から注意をうけていた。

そして、同じ言葉の繰り返しはあまりよくない、と教えられたのに、この牧水、繰り返しの歌の多い事。
山死にき海また死にて音もなし若かりし日の恋のあめつち
摘みてはすて摘みてはすてし野のはなの我等があとにとほく続きぬ
恋し恋しあな君恋しさびしさにいまわれ消えむさらばわが君
海哀し山またかなし酔ひ痴れし恋のひとみにあめつちもなし

それならば、私のこの歌もいいのか。
人ひとり見えぬ海辺にきてひとりおもふべくなき人を恋ひをり
これも失恋のうた:枝先にいくつかの花ひらきたる若き桜の木を見るはさみし

もう一度、歌詠みをはじめてみたくなった。

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ギリシャ人の健康の源

ギリシャ人の平均寿命はどうなっているのだろう。
彼らが長命であるかどうかは知らないが、健康に留意していることは、スーパーマーケットの商品をみているとわかる。

やたらビオと書いてあるものが多い。
それに、例えば、オイルにしても、最も健康的といわれるオリーブ油が基本である。
オリーブ油は、そのまま飲んでもいいし(ピーター・メイルのプロヴァンスもの)、サラダのドレッシングなどには必須のものである。友人は、92歳の母親の食事に、必ずオリーブオイルを数滴たらしていた。
チーズはよく食べるし、食生活は豊かなようにみてとれる。


マスティハという樹木のやには、日本の梅干しと種類は違うけれど、そもそも胃薬的な役割らしいが、食品はもちろんのこと、化粧品、シャンプー、いろんなものに使われて、ギリシャ人は好んで使っているようだ。
私も、ガム、マスティハ入り蜂蜜、紅茶などを買ってきた。

今日の新聞で、「長寿大国フランスの医師が教える健康法」という本の広告があったけれど、それに「サフランは気分も性欲も高めてくれる。。。」などと書いてある。
そうか、サフランもギリシャではよく使う。ギリシャ蜂蜜という蜂蜜にはサフランがはいっている。

朝、ギリシャヨーグルトを食べる時、友人は蜂蜜とサフランをいれて食べると、病気にならないと、粉のサフランをたっぷりかけてくれた。
サフランは日本で買うと高い。だから、あまり使わないけれど、そんなにいいものだろうか。
フランスの本の宣伝ポップをみると、性欲増進のようなのだが、それは関係なく、気分を高めるというのは、一種の興奮剤なのだろう。

それだけ、健康によいものがあるのだが、ギリシャ人がとても健康なのか?それには自信をもってそうだ、とは言えない。
伝統的な食事の時間もあるし、量的な問題もある。

しかし、これはギリシャ人の問題であって、私がとやかく言うことでもない。今のところ、マスティハとサフラン入り蜂蜜はわが食生活にもとりいれている。
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