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私はマララ

今回のノーベル平和賞は、日本人の期待が「日本国憲法第9条」であったけれど、パキスタンの17歳の少女マララ・ユスフザイさんと、インドのカイラシュ・サティヤルティさんへの受賞が決まった。

インドのカイラシュさんについては、何も知識がなかったのだが、マララさんについては、襲撃されたときから注目していた。
なんと勇気のある女の子なのだろう、という印象だった。そして治療がうまくいくように、と祈っていた。

その後、図書館で「私はマララ」という本をみつけ、それを読んだ。なんという信念の持ち主だろうと感心したものだ。

低開発諸国では、教育を受けるというのが特権に近い。義務教育を決めていても、そして無償をうたっていても、それは小学校だけであったり、したがって10歳くらいまでであったり、教育以外の費用、つまり制服代や教材費などでお金が必要となり、父兄にはその負担能力がないとくる。
だいたいが2部授業で、午前の部と午後の部で生徒がいれかわる。

照明もない部屋で、お天気の悪い日など、室内は暗い。窓ガラスもないから、風雨のときは濡れてしまう。
筆記道具は貴重品だ。鉛筆で書いては消しということもあるが、鉛筆の場合、消しゴムも必要になるから、寄付してくださるならボールペンのほうがいいです、と言われることもあった。

劣悪な教育現場をあまりにみているから、教育をうける意味の重さはよくわかる。マララさんはイスラム宗教圏に生活していたから、女子への圧力を意識していたが、男女をとわずの問題である。

日本で不登校や学級崩壊などを耳にするが、低開発諸国の学校へ行ってみれば、教育を受けることが特権であることがわかるだろう。

もうマララさんも17歳になっている。最年少での受賞ではあるが、あの最初の少女から、女性への変化がみえる。これからもone school, one teacher, one book & one pen can change the world. Education firstの活動を続けられんことを。
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