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高校の大同窓会

今回の帰省に丁度スケジュールがあった出身高校の大同窓会に出ることにした。大という文字が付くのは、暦年の卒業生が出席するからである。

わが出身高校は、その昔の藩校であり、歴史がある。学校としては、最初は旧制中学と女学校が合併、普通高校となり、また夜間部も併設されていた。だから、卒業生の数たるや、大変なものらしい。

我が家(実家)は高校から歩いて5分、私が高校生の時は、始業のサイレンを聞きながら、家をとびだしていたものだった。

旧制中学がいつからいつまでなのかは知らないが、兄は中学時代の卒業生である。長姉は新制高校になった時の入学か?

大同窓会は、その年に還暦を迎える年齢の卒業年が担当することになっている。我々の学年はとうに当番を終わって、今では先輩として大きな顔をして出席することができる。

前に出席したのはいつなのか、当番年よりも前だったように記憶している。今年の出席者は1000名を超えているとか。それは例年らしいけれど。

学年ごとにテーブルが用意されている。兄たち、中学卒業者はもうひとまとめだ。80歳以上になっているから、出席者の数もだんだん減っているとか。兄にいわせると、そのうち、中学の卒業生ゼロになるだろう、と。なるべく、自分だけでも出席し続けるのだそうだ。

高校卒業してうん十年、同学年の友人、そしてクラスが同じだったという友人ですら、記憶にない。どんなに思いでを語られても、その思いでがよみがえらない。

同窓会の最後は、校歌の合唱だ。校歌は4つもある。旧制中学、女学校、定時制、現在の普通高校のものだ。旧制中学の校歌は兄を通じて知っていたが、女学校、定時制については知らなかった。
不思議なもので、自分たちの校歌はよく覚えている。「西日本の文教に伝統長きわが校は」と始まる。

圧巻は応援歌である。これは旧制高校(七高)の校歌を借用している。応援団の服装で、前言が述べられ、そのあと、アイン、ツヴァイとドイツ語でいうのが、いかにも旧制高校風だ。
我々は運動会でこれを歌わされた。

世代間の交流があるわけでもなく、ただただ熱い。二年上の先輩にあこがれていたけれど、そのテーブルを訪ねることもせず、消息をきくこともない。
わが学年にしても二〇名の割り当てに一五名の出席者しかいないのだ。

次回は五年後かしらね、と友人に告げると、五年後にはもっと正面舞台に近くなるわよ、と言われた。
やっぱり高校時代というのは青春まっただ中なのだろう。あの当時の思いは少しずつよみがえり、血の流れを感じたのだった。
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